雪夜叉伝説

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  • 08/12/25 21:03:05
雪夜叉伝説 プロローグ 1

辺りには黒く、重々しい雲が垂れ込めていた。
特に冬の厳しいシンオウ地方のなかでも北に位置するこの地方は豪雪地帯であり、慣れないものが立ち寄って遭難することも珍しくなかった。

また一人、吹雪いてきた雪原を踏み固めながら白い息を吐きやってくる。
正確には一人ではない、男が一人、仲間か恋人であろう女を背負っているせいで一人に見えるのだ。
女の長いすこし蒼みのかかった黒髪が揺れる。
男は大きな外套を自分ごと包み込むように羽織り、ただひたすら前に進んでいた。
寒さで手足の感覚はすでになくなっている。
それでも、彼には希望があった。
その先に古い山小屋があるのを、吹雪になる前に確かに見たのだ。
ただ自分の記憶を頼りに前に進んでいく。
そうしてたどり着いた山小屋には、一人の美しい、着物を着た女がいた。
「・・・あなたも遭難者・・・?」
女が問う、問うとはいっても、薄ら寒さを感じさせる問いかけだった。
彼は背負った仲間を床に寝かせ、自分も腰をドカリと落とす。
「あんたもそうなのか?大変だったろう、これを羽織れ。」
「!」
女は驚いたように、男が投げわたしたものを受け取る。
それは彼が着ていた上着だ。普通遭難した状態で、見ず知らずのものにこんなことができるのだろうか?
少なくとも今まではそうだった。
ここにやってきた者は皆、身包みをはがそうと迫ったり、自分が女であることをいいことに良からぬことをたくらんでいた。
荷物などないのに、奪おうと襲ってくるものもいた。
そういう輩は皆凍らせた。そう、自分はそうやって人の魂を吸う存在だ。
「私を襲おうとは・・・、物を奪ったりしようとは・・・しないのですね。」
「こんなときに仲間割れをしてどうする。あんたも俺たちもここで休むことができた。それで十分だ。」
「でもここには・・・食料はありません・・・。」
「それなら俺が分けてやるさ。俺たちはいま疲れて食べようとも思わん」
そういって、男は床で寝息を立てている仲間を顎で示した。
「こいつも同じことを言うだろう。そういう奴だ。」
それは『彼女』にとっては変わった人間だった。
いつものように凍らせるだけなのに・・・、なぜか動けなくなっていた・・・。

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  • 08/12/25 21:26:39
雪夜叉伝説 プロローグ2

--300年後 キッサキ周辺

「ヒカリー!何やってるんだー!?」
元気のいい声が、小さな町に響く。
キッサキシティに行く途上、豪雪に見舞われている雪原を抜けるために装備を整えようと、サトシ達はこの街に立ち寄っていた。
買い物も済ませ、準備もできた、そう意気込んで出発しようとしてヒカリが見当たらなかったのだ。
ヒカリは自動販売機の前で飲み物を買っていたらしい。
スポーツドリンクのようだ。
そしてその脇には、なにかパンフレットのような小冊子がはさまれていた。
「なんだ?それ?」
そういってサトシがヒカリが促した脇から小冊子を受け取る。
「・・・雪夜叉伝説?」
タケシがそれに割ってはいるかのように、頭を突っ込んだ。
「うん!さっき薬屋のおばあちゃんに気になってたんだ!」
「そういえばここは、昔は整備されていなくて遭難者がたくさんいたらしいからな。」
「そうなのか?」
「ああ、だからここには何百年も昔に立てられた古い山小屋が多いんだそうだ」
「ふーん」
サトシは想像がつかないや、というような顔で、冊子を眺めた。
雪山に迷い込んだ男女に心を開いた雪夜叉が、吹雪で病に臥せた女のために、男とともに村(今のキッサキシティ)まで運んだ。
ところが雪夜叉を恐れた村の人々はそれを信じようとも受け入れようとせず、雪夜叉はそれに悲しみ、怒って村を壊そうとした。
しかしそれを男は止めた。
そして男は3日3晩、外で雪に耐えながら頼み込んだそうだ。
雪夜叉はまた自分がいることで村人が拒否することを恐れ、その場から離れた。
村人たちがそれを受け入れたとき、女は息を引き取り、男も見つかってすぐに死んだのだと言う。

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  • 08/12/25 21:41:13


「なんか・・・悲しい話だな・・・」
横でヒカリが読み上げた話を聞いたサトシが言う。
確かに悲しい話だと、ヒカリも思った。
雪夜叉は人の魂を食らうという伝説が残っているこの土地だ、てっきり雪夜叉を村の勇敢な青年が封じる話だと思っていた。
少し、後味が悪い。
そう思いながら再び雪原を歩き出す。
足元は雪が積もって、視界も悪い。
この辺りは高くはないが段差が多い。
うっかり足を踏み外して怪我をしてしまいかねない。
それにこの辺の天気は変わりやすい。
慎重かつ急いでキッサキへ向かう必要があった。
テンガン山ほどではないが、ちょっとした山のような地形になっているのは厄介だった。
タケシが先頭に立ち段差を確かめながら歩く。
さらにサトシがその後を、ヒカリの手をとりながら歩く。
というのも、ヒカリが一番軽装で遭難したときのリスクが高いからだ。
だからといって大荷物を持たせるわけにも行かない。
その点、知識が豊富なタケシや、炎タイプを持ち旅慣れているサトシなら、遭難しても多少はやり過ごせる。
細くなって凍り付いてるいる道なんかではサトシがヒカリの腰を抱えるようにあるく。
シンオウ出身で雪に慣れていても、雪山は別の筈だったからだ。
ヒカリも当然それはわかっていたから、サトシの肩や手や腕を借りて慎重に段差をよけて歩いていた。

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  • 08/12/25 21:56:28

「気をつけろ!吹雪いてきたぞ!」
タケシが激を飛ばす。
足場が悪いこともあって、先に進むのは難航していた。
そうやって手間取っている間に、安定していた天気が変わってしまったのだ。
タケシが踏み分けた道も直ぐにつぶされてしまう。
3人は手を引きながら、もう直ぐそこに迫っているであろう山小屋の一つを目指す。
が、そう簡単にはいかなかった。
「きゃああ!!」
「ヒカ・・・うわぁ!!」
丁度段差の淵になっている部分の土が緩くなっていたのだ。
雪の重みで一気に崩れ落ちていく。
そして運の悪いことに、その中心にはヒカリがいた。
一気に肩に重みがかかって、サトシも引き込まれる。
さらにタケシも引き込まれそうになるが、サトシのリュックが木の枝に引っかかってそれを防いだ。
3人で手を引き合っていたおかげだろう、直ぐ落ちるわけではなかったがまずい状態だ。
「行け!ピンプクッ!」
タケシは腕の重みに耐えながらモンスターボールを投げる。
ぴんぷくの怪力ならば、タケシごとサトシ達を引き上げられる。そう考えたのだ。
しかし、タケシの対処もむなしく、重みに耐え切れなかった枝が乾いた音を立てて折れる。
「うわぁ!!」
「きゃぁあ!」
悲鳴を聞いて歯を食いしばる。
「うわ!!」
サトシ達が落ちる・・・!
とっさに腕に力を込めたが、体が耐えられない。
引き込まれそうになったタケシの体をピンプクがあわてて支えたとき、手は衝撃で離れて、サトシとヒカリは段差の下へと追いやられた。

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  • 08/12/25 22:17:31


ドサッと鈍い音を立てて、サトシはどうにかして衝撃から体をかばった。
もちろん、ヒカリからも手は離していない。
4メートルか5メートルはありそうだ、結構高い場所から落ちている。
崩れた雪が皮肉にもクッションになってくれたおかげで、体はあまり痛まなかった。
「ヒカリ、大丈夫か!?」
「う・・・うん、大丈夫・・・。」
乱れた髪を整えながら話している余裕があるところを見ると、大きな怪我はなさそうだ。
少しわき腹を打ったらしく、顔をしかめてはいたが、やはり大丈夫と言いながらサトシの手をとって立ち上がった。
怪我を早く見なければならない、タケシがいれば応急処置がすばやくできるだろうが、はぐれてしまった。
ここで手間取っているとさらにふぶきに巻かれかねない。
心配ではあるが、どうにかしてしのげる場所を探すのが先決だった。
ピカチュウは・・・雪道を歩いていたときは肩に乗せていなかったから、とっさにタケシのほうに飛び移ったのだろう。
そう思って上に顔を向けるが、視界が悪くてよく見えない。
ただ、崖の上でピカチュウの電気らしき閃光が走っているのはわかった。
「ムクバード!」
モンスターボールからムクバードを出し、鞄の中にあった紙切れに要件を書いて足に結ぶ。
「これを崖の上のタケシにもっていってくれ。俺たちは吹雪をしのげる場所でまってるから!」
------------
「サトシ!ヒカリ!」
吹雪に視界を、その音に声をさえぎられてしまってどうにもならない。
横のピカチュウが不安げに下を見つめている。
この段差がどのくらい高さがあるのかはわからないが、とにかく怪我をしていないことを祈った。
とにかくこちらの居場所を伝えることが先決だ。
あの状況で自分が一緒に落ちてしまったと勘違いされてしまえば、余計な足止めをさせてしまう。
「ピカチュウ、この下にいるサトシ達に位置を知らせたい、電撃を頼む」
「ピカ!!」
ピカチュウが電気を溜めて放出する。
強い稲光だ。この吹雪の中でも見えるかもしれない。
運がよければ、その光を見て救助も期待できる。
いまはサトシ達がこの光に気づいてくれるのを信じるしかなく、タケシは珍しく、焦りを覚えていた。

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  • 08/12/25 22:46:30

「ヒコザル!火炎放射!!」
「ヒコッ!!」
ヒコザルの吐き出した炎は吹雪を蹴散らし、雪を溶かして僅かに視界を広げる。
そうやって開けていく視界を頼りに一瞬見えた横穴に向かって、サトシは歩いた。
横穴がすぐに見つかったのは幸運だった。
でなければカマクラあたりを作ってしのぐしか手はなかっただろう。
だがやはり横穴のほうが寒さをしのげるだろうし、何より頑丈だ。
ただ、幸運なことばかりではなかった。
それはヒカリだ。
ヒカリの傷は打ち身ではなく、途中の岩でぶつけたのか切り傷だった。
傷は浅く、出血も多いというわけではない。
だが傷が膿んできて熱を持っている。
それに伴ってヒカリも衰弱して、かなり弱っていた。
この状況に対する精神的な不安も大きいだろう。
サトシはリュックを手に持ち直してヒカリを背負い、吹雪の中を歩いていた。
もちろん、自分自身も消耗してきている。
ヒコザルも、火炎放射を打ち続けているせいで疲れてきているはずだった。
「大丈夫・・・大丈夫・・・」
そうつぶやきながら確実に一歩を踏み込んでいく。
大丈夫、というのはヒカリの口癖だが、ここ一番がんばりたいときのこの言葉はエネルギーをくれる。
そうして横穴に着いたとき、サトシはすでにへとへとだった。
それでもサトシは風雪から少しでも逃れようと、奥へと進んでいく。
大型のポケモンの巣ではないようだ。
小型のポケモンが数個、小さな集まりを作って暖を取っている。
もしリングマの巣であれば、そこら辺に骨や果物の種が転がっているはずだし、小型のポケモンがのんきに暖を取っているはずがない。
安堵したように、サトシは腰を下ろしてヒカリを自分の寝袋に横たえた。

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  • 08/12/25 22:57:21

「ヒカリ・・・・」
こういうとき、タケシならばどうするだろうか。
おでこ同士をくっつけて熱があることだけはわかったからとりあえずは体を温め、ぬれた手拭を頭に乗せてやることしかできない。
傷が膿んでいる、ということは消毒する必要があるが、生憎そういう道具は持ってない。
幸い、薪は以前そこに人がいたのか、石で台座が組んであったので横穴の中の木を集めて確保できた。
「せめてなにか栄養のあるものがあればいいんだけど・・・」
「貴方は、誰ですか?」
「え!?」
急に消え入りそうな、鈴を鳴らしたような声が響いて後ろを振り向いた。
そこには着物を着た銀髪の女性が立っていて、無表情にこちらを見つめている。
年は丁度20くらいだろうか?
鈴のような声とは裏腹に、落ち着いていて、どこか物悲しい雰囲気の人だった。
「えっと、はい・・・。」
遭難者か?ときかれればそうだろう、だから素直にそう答える。
「彼女は・・・?貴方の妻ですか・・・?」
「え!?あ、いえこの子は・・・」
「熱があるようですね・・・」
「・・・そうなんです。でもどうすればいいのかわからなくて・・・。」
「・・・少し待っていてください・・・」
そういって、彼女は横穴のさらに奥へと姿を消していった。

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  • ミオジム突破記念 sage忘れすまない
  • 08/12/25 23:23:41

「・・・」
横穴の奥。
そこで彼女は静かに薬草を積んでいた。
この薬草は裂傷の塗り薬に、煎じれば解毒剤にもなる。
なぜ、あの子供に手を差し伸べたのだろうか。
自分でもよくわからなかった。
300年前のあの時、あのつらい思いをするならばと、人との接触はできる限り避けていたのに。
それでもあの子供が横穴に入ってきたとき、ためらいもなく上着を脱いで苦しむ少女にかけたのを見たとき、胸が熱くなった。
自分に対しての優しさではなかったのに、300年前の彼とあの子供はよく似た目をしていた。
子供故なのだろうか、それはわからない。
裏のない優しさと、強さをもった目。
「・・・らしくないですね・・・」
300年も前のことなのに、何を考えているのだろうか。
彼らはすでに死んでしまったのだ。
雪夜叉と恐れられた自分の存在も忘れられ、本当にひっそりと暮らしていた。
それなのに、似た雰囲気をもったあの少年の目を見てしまった瞬間、思わず体が動いてしまっていたのだ。
そんなことでいままでの平穏を崩してしまった自分が、どうにも可笑しかった。
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少しして、あの女性が戻ってくるのが見えたサトシは、あっと声を上げた。
その手には、何かが握られている。
平らな石の上ですりつぶした草だろうか?
もう一方にはまだすりつぶされていない草が握られていた。
彼女はヒカリの脇へ来ると、すりつぶしたほうの草を傷口に塗る。
一瞬苦しそうにヒカリがうめいたが、直ぐに穏やかな表情になった。
それを見届けると、彼女は直ぐにもう一方の手に持っていた草を煎じ始める。
「あの・・・、あなたは・・・」
名前を聞いて、お礼を言わなければいけない。
いつもなら簡単なことのはずなのに、このときばかりは言葉が続かなくて中途半端になってしまう。
サトシが戸惑っているうちに、彼女がまた動き出す。
「なにか栄養のつくような物を持っていますか?」
生憎、サトシはそれも持ち合わせていなかった。
いや、そういえばヒカリは自販機でスポーツドリンクを買っていたはずだ。
凍ってしまっているかもしれないが、溶かせば飲ませられる。
「一応、飲み物なら・・・」
「では、それを飲ませてあげてください。私はなにか食べるものを持ってきますので・・・。」

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  • ミオジム突破記念 sage忘れすまない
  • 08/12/25 23:45:55

「そ、外に出るんですか!?」
彼女が向かっている方向には横穴の入り口しかなかったはずだ。
遭難していたのにと、サトシがとめにかかる。
「私のことは心配要りません、慣れていますから・・・。」
「心配要らないって・・・。」
だがこの人の言葉にうそは感じない。
御伽噺の登場人物のような不思議な雰囲気を持っているからだろうか?
「では・・・」
サトシが何も言わないのを見て、彼女は再び歩き出す。
しかし、やはり慣れているといっても着物姿で行かせたくはない。
「まってください!これ!」
そういって、唯一凍傷から身を守るために羽織っていた外套を手渡す。
これでサトシの身を包むのは半そでのシャツ一枚だ。
「私は・・・」
大丈夫だ、といおうとしたのだが、それでもサトシは受け取るまで立ち退く様子ではない。
仕方なく外套を受け取る。
「あなたは・・・あなたは寒くないのですか?」
「俺は大丈夫です、火もあるし、ヒカリや仲間もいます。」
「・・・」
やはり・・・、と彼女は目を細める。
やはり彼は似ていた。
他人であっても、自分の身が多少危険になっても助けの手を差し出す。
「馬鹿な人間ね・・・」
「え?」
今何かつぶやいた気がしたのだが・・・、聞き返すまもなく、彼女は雪のなかへと消えてしまった。
それと同時に、本当に行かせてよかったのだろうかと不安になる。
「サトシ・・・」
サトシはヒカリの傍によると、少し傷から熱が引いたせいか、先ほどより穏やかなヒカリの顔を覗き込む。
「ヒカリ、起きたんだな。」
「ここは・・・?あたし・・・」
「いまはここで吹雪をしのいでる。スポーツドリンク飲めるか?」
「あ、うん・・・」
そういってサトシに支えられながらスポーツドリンクを口に含むが、むせてしまった。
あわててサトシが背中をさする。
「・・・ごめん・・・。」
迷惑をかけてしまっている。サトシに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ほら、大丈夫大丈夫!」
余っていたガーゼにスポーツドリンクをしみこませたサトシは、ヒカリの体を支えながら口元にそれを当てた。
これなら飲みやすいはずだ。昔自分が風邪を引いた時もこうしてもらった記憶がある。
ヒカリは素直にそれを口に含むと、ゆっくりとスポーツドリンクで口を湿らせた。