受け継がれるもの
- スレ4-266
 
- 受け継がれるもの~序章1~
 - 09/10/22 21:57:03
 
 緊張に満ちた体を、まだ冷たさの残る風が撫でた。  
 すぐそこまで控えている春にむけ、それでも少し前まで乾いていた冬の青空は幾分か湿り気を帯びている。  
 決して暑いわけでもないのに流れる汗をぬぐおうともせず、サトシは目の前にいる対戦相手を目に焼き付けた。  
 人型の体形をしているが、青と黒の体毛と、狐か、犬を思わせる形の頭。ルカリオだ。  
 そしてそれを扱うトレーナーは、シンオウ地方のチャンピオン、シロナ。  
 やがてルカリオから少し離れた地面が盛り上がり、ゴウカザルが飛び出す。  
 「かえんぐるまだ!」  
 高く跳躍したまま、一気に距離を詰める。  
 先ほど仕掛けたマッハパンチは、一度は当たったものの二度目は反撃されてしまった。  
 だから穴を掘るでいったん距離をとったのだ。  
 「ルカリオ、はどうだん!」  
 ルカリオの両の手の間に、エネルギーが集中していく。  
 かえんぐるまが届くよりも早く放たれたそれは、周りの空気を巻き込みながらゴウカザルへと吸い込まれるように飛んだ。  
 「回転して火炎放射!!」  
 「!」  
 火炎をまとったゴウカザルの周囲を、さらに炎の盾がつつむ。  
 はどうだんはそれでも2度、3度とふりかかる炎を押しのけ、ようやく止まった。  
 シロナは一瞬驚いた表情を見せたが、うろたえない。  
 しかし、サトシも負けじとつっこんだ。  
 ルカリオにゴウカザルのかえんぐるまが直撃する。  
 効果は抜群だ。しかし、それでもルカリオは倒れない。  
 「「インファイト!!」」  
 同じ技のたたきあいは、目にもとまらない拳と蹴りのぶつかり合いになっていった。  
 ルカリオがゴウカザルの腹を殴れば、ゴウカザルの肘がルカリオの頭をとらえる。  
 早さもパワーも、相性ではルカリオが不利でありながら互角に持ち込まれていた。  
 このままでは埒が明かない、シロナもルカリオの体力を考えてか、技を変えた。  
 「はどうだん!」  
 「火炎放射!」  
 互いの渾身のエネルギーが、吸い込まれるようにぶつかり合う。  
 空気が膨張し、大きな爆発音とともにはじける。  
 多量の砂埃が舞い上がり、闘技場の様子はサトシにもシロナにもわからなかった。  
 それでもと目を凝らす。  
 やがて砂埃が落ち着いたころ、ゴウカザルが地面に伸びているのを確認した審判が、ゴウカザルの戦闘不能を告げた。   
 
- スレ4-267
 
- 受け継がれるもの~序章2~
 - 09/10/22 22:53:50
 
 「ありがとうな、ゴウカザル…。」  
 ゴウカザルをボールに戻し、声をかける。  
 闘技場には、胸が押しつぶされるような感覚あ満ちていた。  
 実況の声は不思議と耳には届かない。  
 この場所だけ切り離されているような、奇妙な感覚だ。  
 ある種の隔絶され世界。  
 そんな中でもシロナは平然としている。  
 だが、こちらにも応援してくれている仲間がいる。  
 それに応えるためにも負けるわけにはいかなかった。  
 お互いに残りは二体。シロナ残るポケモンは、ルカリオと、恐らくはガブリアス。  
 「頼むぞ、フローゼル!」  
 フローゼルはボールから飛び出すと、ブイゼルの時からのなじみの腕組みポーズで着地した。 
 「一気に決めるぞ!アクアジェット!」  
 フローゼルが水の勢いを受けて一気に突っ込む。  
 「はどうだん!」  
 迎撃せんとルカリオも構える。  
 「みずの波動!」  
 フローゼルは急停止すると、すぐさま転じた。  
 放たれた水球はやがて波を形作り、はどうだんを遮る。  
 その勢いで、フローゼルは上に飛んだ。  
 そしてすぐにアクアジェットを再開する。  
 これにはさすがのシロナも驚いたようだ。  
 ルカリオにどうにかかわさせるも、勢いよく突っ込んだフローゼルによって大きく抉られた地面は、ルカリオの体勢を崩した。  
 「いまだ!ソニックブーム!」  
 体勢を整える時間を、サトシは与えなかった。  
 すぐさまソニックブームを叩きつける。  
 ルカリオが大きく空中に投げ出された。 
 「隙を与えるな!アクアジェット!」  
 体勢を立て直そうと体をひねるルカリオに、弾丸のようにフローゼルが突っ込んだ。  
 たたみ掛けるような速攻に、ルカリオはたまらず倒れた。  
 シロナ自身もここまでの速攻は初めて受けたのか、驚いた表情をしていた。  
 しかしすぐに凛とした顔に戻ると、ルカリオを静かにボールに戻す。  
 「ありがとうね、ルカリオ。本当に強くなったわね、サトシくん。」  
 「ありがとうございます。でも、みんなのおかげですよ」  
 本当に強くなった。眩しい位に。  
 互いが互いのために力を尽くしているのだ。  
 手ごわい相手だった。  
 だが、負けられない。 
 最後の一体に全てを尽くす。 
 「天空に舞え、ガブリアス!」   
 
- スレ4-268
 
- 受け継がれるもの~序章3~
 - 09/10/22 23:45:15
 
 ~4ヵ月後~  
 「ふぅ、やっと落ち着いてきたな…。」  
 「てんてこ舞いだったもんねぇ」  
 男女の声が、夜の静寂を割いた。  
 4ヶ月前、サトシは悲願のチャンピオンとなった。  
 最後はガブリアスとピカチュウのぎりぎりの勝負で、どちらが負けてもおかしくない勝負だった。  
 出会って最初のシンオウリーグは、シンジと引き分けた結果シンジが自ら土俵を下り、シロナには完敗した。  
 その後、4年の月日をかけてヒカリと各地を回り修行したサトシは、再びシロナに挑戦、勝利したのだ。   
 だが、サトシはシンオウのチャンピオンの座には就かなかった。  
 あの勝負は切迫していたし、その前に四天王として戦ったシンジとの戦いも、やはり伯仲していた。  
 彼らと戦い、もっと多くのものをみたくなったのだ。  
 そんな折、惜しむ声もある中サトシに届いたのは、バトルフロンティアのピラミッドキングへの就任の嘆願だった。  
 前任のジンダイが、最近発見された大きな遺跡の調査に出向くために続けられなくなったということだ。  
 これも断ろうかと思っていたが、いろいろな人に背中を押され、結果晴れてフロンティアブレーンとなったのである。  
 ジンダイの評判か、バトルピラミッドはフロンティア最後の砦とするトレーナーは多い。挑戦者が少ないため、各地方を転々とし、旅を続けることを許された。  
 挑戦者が現れたときのみ、現地へ飛ぶのだ。  
 今は操縦士や、ヒカリとともに地方を転々としている。  
 ロケット団は就任の知らせを聞いて、最後にトレーナーとしてサトシたちとバトルしていった。  
 いまは小さなラーメン屋を経営しているらしいが、結構評判なんだそうだ。  
 ハルカがうまいと言っていたのだからうまいのだろう。  
 トレーナーになったマサトも、会いに来てくれた。  
 初めてのポケモンはサトシを倣ってキモリをもらったらしい。  
 父親のヤルキモノから譲り受けた卵からかえったナマケロと、スバメをつれて約束を果たしに来たのだ。  
 結果は当然マサトが負けたが、本人も勝てると思って挑戦したわけではない。  
 ただ、そのバトルには父親譲りの才能が見え隠れしていて、サトシにとっては、成長が楽しみなトレーナーでもある。   
 
- スレ4-269
 
- 受け継がれるもの~序章4~
 - 09/10/23 00:02:25
 
 ここまでは良かったが、後は祝電やらインタビューの嵐を行く先々で受ける羽目になってしまった。 
 地理的にも移動のしやすいカントーに拠点を置いているのだが、その洗礼は数カ月に及んだ。 
 挑戦者も、チャンピオン候補と聞いてトレーナーが集まり、しばらくは旅をするのも難しかったくらいだ。 
 今となっては、傍にいるヒカリがピラミッドキングにちなみピラミッドクイーンなる名までつけられている。 
 思えば、シンオウで旅をし始めてからずっと一緒にいるこの女の子には、よくよく助けられた。 
 ヒカリ自身はサトシといるといろいろなものが吸収できるという理由でついてきているらしく、今でもコンテストには出場している。 
 若いながらも注目を浴びるコーディネーターとなっている。 
 いつも一緒にいたせいか、いないと逆に違和感がある。 
 ある種の家族のような感覚が、お互いにあった。 
 そうはいっても、まだお互いに子供だ。 
 バトルピラミッドの主になったのもあって、以前ほどの自由はない。 
 いまでこそ影を潜めているが、就任当時などヒカリの作ってくれる食事だけが唯一の癒しだった。 
 「なんかあっという間だったな、いろいろ。」 
 「ほんとねぇ」 
 お互いにらしくないことを言っているのは分かっているが、めまぐるしい日常の中で肌に感じていたことだ。 
 複雑な心境というのが、素直な感想なのだ。 
 ふと、ピラミッドの正門が叩かれたのか、モニターの電源が入った。 
 「あれ?挑戦者か?」 
 「こんな時間に?」 
 みれば、女の子のようだ。 
 とりあえず、初夏とはいえ夜の森は冷える。 
 戦うかどうかは別として、彼女を招き入れることにした。 
 扉を開けた瞬間、まっていたのは「頼もう!」の声ではなかった。 
 「あ、あの!あたしミストって言います!で、弟子にしてください!」 
 「「…は?」」 
 後ろに控えていたヒカリが思わず声を上げる。 
 一方サトシは表情が笑顔のまま固まった。  
 
- スレ4-284
 
- 受け継がれるもの~絆~
 - 09/10/26 23:39:25
 
 噂や風評というものは、恐ろしいものだと改めてサトシは実感していた。  
 ミストと名乗った弟子入り志願の少女は、栗色の長い髪と、琥珀色の瞳をした少女だった。  
 初心者トレーナーになったばかりの10歳、という話を聞いて、思わずサトシとヒカリは当時の自分たちとその姿を重ねた。  
 好奇心と、期待に満ちた目。  
 長い髪も、ポニーテールにして活発な印象を与えていた。  
 衣服やスカートから覗く腕や腿はまだ白く、それがまた新人であることを印象付ける。  
 とりあえず、と、サトシは来客用のスペースに招き入れ、話を聞くことにした。  
 まだポケモンを持っていないというその少女は、ヤマブキシティからこのトキワの森まで、旅の商人やトレーナーに同行する形でやってきたらしい。  
 なにを詰めてきたのか、背中のナップザックはパンパンに膨らんでいて、背負っているというよりも、のしかかられているという表現がしっくりくる。  
 重い荷物を背負い、長い時間をかけて自分を訪ねてきた人間をつっかえすことなど、サトシにもヒカリにもできない。  
 荷物を椅子の脇に置かせ、お互いに向かい合って座る。  
 「とりあえず、弟子入りしたいってことなんだけど…なんで?」  
 まずはそれが第一だった。  
 確かに自分は、世間から見れば強くなったのかもしれない。  
 それでもバトルへの意欲は数年間何の変化もない。  
 ヒカリから影響を受けたり、あるいは与えたりしながら鍛えられてきた。  
 「はい!私、サトシさんがシンオウのチャンピオンのシロナさんに勝ったのに感動しちゃって…!サトシさんはカントー出身の方なんですよね!? 
 ほかの地方のチャンピオンになるなんて、カントーの星です!あの試合って全国的に放送されていたんですけど、勝った翌日はどこの町もお祭り騒ぎだったんですよ! 
 シロナさんもすごかったけど!私と同じ世代のこの今の憧れはサトシさんなんです!」  
 僅かに顔を紅潮させ、興奮した様子でミストは言葉を繰り出していく。  
 「お祭り騒ぎって…」  
 圧倒されたのと、動揺したのとで言葉が詰まった。  
 正直、チャンピオンに勝ったという感覚がいまだにないのだ。  
 本当にあの勝負は辛勝だった。  
 そして、自分が勝てたのが不思議だと思えるほどシロナは強大で、圧倒的だった。   
 
- スレ4-285
 
- 受け継がれるもの~絆~
 - 09/10/27 00:01:40
 
 「私…、本当はパパからトレーナーになるのを反対されていて、家を飛び出してきたんです。昔からパパは過保護で…、私も自分のことは自分でできる年になったんだって!証明したいんです!」  
 ミストは少し俯いて、話し始める。  
 まだロケット団のような連中はいるし、旅には危険も伴う。  
 トレーナーとして旅立つことを反対する親も中にはいるのだ。  
 そして、それに反発して自分自身の力を証明したいというミストの言葉は、年齢の近いサトシやヒカリにとっては、なんとなく他人事とは思えなかった。  
 トレーナーになる人間にも、さまざまな理由がある。  
 サトシやヒカリ、タケシのように夢を追うという理由が圧倒的だが、なかには仕事や、コレクションのためというトレーナーもいる。  
 ただ、理由はどうあれ、外に一歩出れば年齢も性別も関係ない。  
 トレーナーは野生ポケモンや自然の脅威にさらされることもあるし、時には道に迷ってボロボロになったりもする。  
 シンジのように冷静だったり、タケシのような知識があれば一人でも問題はないだろうが、自分たちがそうであったように、ミストは無茶をする気があった。  
 おそらく、知識にも疎いだろう。先ほどの会話からして、決めたら一直線。サトシと似たベクトルの人間だ。  
 お茶をもってきたヒカリも同じことを考えたのか、目を合わせると示し合わせたようにうなずく。  
 ミストの気持ちは汲んであげたい。  
 しかし、ミストの親の気持ちもわかる。それを無視して無責任なことはできない。  
 弟子志願の子が現れたならば、恐らく10歳の自分は引き受けただろう。  
 そして役割を果たせないのではないだろうか。  
 多少精神的にも成長しているはずだが、やはり簡単な問題ではない。  
 考える時間がほしい。  
 「君の気持は汲んであげたい。でも、すこし時間がほしいんだ。待っててくれないかな?」  
 そこまで言うと、ミストは少し残念そうな顔をしたが、まだ希望は残っていると踏んだのだろう、元気良く返事をした。  
 客室は余っている。  
 ミスト一人が増えたところで何ら問題はないだろう。  
 むしろ、少しにぎやかになって楽しくなる。  
 ヒカリもピカチュウも同じ意見のようで、荷物を抱えて廊下に飛びだしたミストに、  
 困ったような、それでも懐かしいものを見ているような微笑みを向けた。       
 
- スレ4-286
 
- 受け継がれるもの~絆~
 - 09/10/27 00:22:42
 
 梅雨明け特有のじれったい空気が、夜の森を包み込むように支配していた。 
 それでも、木の枝葉に遮られて日の届かないこの森は季節の割にすごしやすい。 
 その澄んだ空気に、食欲をそそる香ばしい香りが漂った。 
 いつもはヒカリがサトシや審判兼操縦士として働いてくれているおじさん(通称雅さん)の分を作るのだが、人数が増えては大変だろうとサトシも手伝いに行った。 
 といっても、料理などできないので、横でヒカリがタケシに教わったやり方でやっているのを見ながら食器を持ってきたりという申し訳程度のものだが。 
 「なんだか夫婦みたいですね~」 
 「お、嬢ちゃんいい目をしているねぇ!」 
 頬杖をついて後ろでそんなやり取りが聞こえる。 
 「え!?ちょ、そんなんじゃないよ!?」 
 「あでっ!」 
 慌てて振り返ってヒカリが反論する。僅かに顔は赤い。 
 振り返った手に持っていたお玉がかがんで棚からボウルを出していたサトシの鼻面に当たった。 
 「あ、ごめん、大丈夫!?」 
 「気をつけてくれよ…」 
 鼻をさすりながらサトシが言った。 
 以外と痛かったらしい。 
 今日のメニューはクリームシチューと、ハーブや葉野菜を使ったサラダ等だ。 
 シチューにはサトシの人参嫌いを克服するため、こっそりと人参を入れてある。 
 夕食はにぎやかなものになった。 
 サトシやヒカリの、シンオウでの冒険のこと、出会い、別れ、それを好機に満ちた目でミストが聞き、雅さんが茶化す。 
 それに対してサトシとヒカリが笑ったり、慌てたり、ピカチュウとポッチャマに半眼のまなざしを向けられ、にやにやされたり。 
 その温かい時間を、夜の森の音が優しく包み込んでいた。  
 
- スレ4-287
 
- 受け継がれるもの~絆~
 - 09/10/27 00:47:47
 
 翌朝、ミストはカーテンから僅かに漏れる小森美で目が覚めた。 
 時刻は朝7時。 
 機能は暖かくておいしい夕食と、柔らかいベッド。 
 サトシ達のおかげでゆっくりと体を休めることができた。 
 髪を櫛で整え、顔を洗って鏡で確認する。 
 きっと、今までで一番すっきりとした顔だ。 
 「よし!今日も一日がんばるぞ~!」   
 朝食を済ませたミストは、昨日の話の続きをしようとサトシに昨日話した部屋に案内された。 
 サトシとヒカリが共用で使っている相部屋だ。 
 部屋の中央にはテーブルと、4人分の椅子。 
 二段ベッドが二つ左右に設置されていて、上段はお互いに荷物置き場に使っているようだった。 
 壁には本物のチャンピオン資格認定証が飾られている。 
 改めてみて、本当にすごい人なのだと思った。 
 「さて、昨日の続きだけど…。」 
 正面からの声に、見まわしていた視線を戻して姿勢を整える。 
 「君の気持は汲んであげたい。」 
 「じゃあ!」 
 思わず立ち上がって、体を突き出した。 
 それに合わせるように体をそらしたさらしたサトシをみて、ヒカリが「落ち着いて。」と苦笑しながら促す。 
 椅子に戻るミストに向けて、サトシが続きを話す。 
 「汲んであげたいけど、やっぱり君のパパに無断でっていうのはできない。無責任になっちゃうからね。」 
 「あ…」 
 そこまで聞いて、ミストは肩を落とした。 
 椅子から立ち上がって、立ち去ろうと荷物を手に取る。 
 やはり自分のような、ポケモンすら持っていないトレーナーとも呼べない人間ではだめなのだ。 
 「ちゃんと話は聞こうぜ。ジョーイさんを通じて、ミストのパパにここまで来てもらおう。その上で、一緒に納得させよう。」 
 「ミストの熱意はちゃんと伝わってるわ。私たちも一緒に交渉すれば、きっと大丈夫!」 
 二人の手が、肩に置かれた。 
 「サトシさん…ヒカリさん…」 
 次の瞬間、思わずミストは嬉しさから二人にギュッと飛びついていた。  
 
- スレ4-294
 
- 受け継がれるもの~絆~
 - 09/10/28 01:27:50
 
 ミストは嬉し涙を流しながらしばらく離してくれなかった。 
 ヒカリと一緒に飛びつかれたため二人分の体温があって、朝の少し冷えた体を温めてくれた。 
 ミストはしばらく二人にぎゅっと抱きついた後、まだ少し赤い目元を擦っていた。 
 それでもその顔に曇りはない。 
 本当に感情を素直に表す子だ。 
 だが嫌ではない。むしろ好感が持てた。 
 その後ヒカリがコンテストの練習に闘技場へ向かったのを見せてもらいに、ミストは闘技場へといってしまった。 
 サトシはそれを見送ると、バトルピラミッドに備え付けてあるテレビ電話に向かう。 
 その隣には、ポケモンや荷物を研究所から送ってもらったりする転送機もある。 
 一番近場のトキワシティと、ミストの家のあるヤマブキシティのジョーイさんを通じてミストの家に連絡をとってもらうのだ。 
 用件を話すと、快くジョーイは引き受けてくれた。 
 チャンピオンであろうが、初心者であろうが、ジョーイはトレーナーにとっての拠り所に変わりはない。 
 ポケモンの治療だけでなく、こういった取り次ぎもやってくれる。 
 とはいっても、彼女たちは忙しい身だ。返信が来るまで少し時間がかかるだろうと、サトシはソファベッドに向かった。 
 ミストのことで、夜遅くまでヒカリと相談していたのだ。 
 本当はヒカリの練習相手をする約束をしていたが、起きぬけに眠たそうなサトシを見て、 
 「疲れてるんじゃない?今日は休んでて」と心配してきたのだ。 
 大丈夫だと言ったのだが、ヒカリにはどうもかなわない。 
 寝不足から体調を崩してはいけないと、今日はお預けである。 
 ソファに体を横たえて目を閉じると、すぐに意識は深く沈みこんでいった。  
 
- スレ4-295
 
- 受け継がれるもの~絆~
 - 09/10/28 01:46:09
 
 それから1週間ほど経った頃、サトシは切羽詰まった状況に頭を抱えたくなった。 
 ミストが消えたのだ。 
 正確には、おつきみ山へ行ったのである。 
 ジョーイからの返信は連絡したその日のうちに返ってきた。 
 ミストの父親が、急いで迎えに行く、と予想通りの内容。 
 とはいっても、ヤマブキシティからトキワの森はかなり距離がある。 
 公共の交通機関を乗り継いでクチバからハナダ、おつきみやまを越えてと、1週間以上かかる。 
 得におつきみ山は、設立された登山道を速足で登っても、旅慣れていないものは二日はかかってしまう。 
 かといって穿たれた洞窟に入れば、多くの野生ポケモンと遭遇することになってしまい、ポケモンが必要になる。 
 だから本当はこちらから向かうつもりだったのだが、ジョーイが伝言したのち、すぐ行動に移ってしまったらしい。 
 あの親にしてあの子ありだろう。 
 そうしてミストの父親を待つことになり、ミストはポケモンたちと触れ合ったりして、トレーナーに求められるスキンシップを行っていた。 
 ポケモンは持ってなくても、これくらいはさせてやれる。 
 強情なフローゼルや、ポッチャマともすぐに打ち解けたのでそちらは心配ないと、そう感じた。 
 ところが、ついさっきジョーイから緊急で連絡があったのだ。 
 おつきみ山の登山道が、突如暴れだしたイワークの出現によって崩落、ミストの父親が巻き込まれたと。 
 そしてそれを、運悪く後ろにいたミストの耳に入った。 
 落ち着かせてから聞かせるべき内容。それをいきなり聞いてしまったのである。 
 彼女は見る見るうちに顔を青くすると、サトシの止める声も聞かずに飛び出して行ってしまった。 
 いつの間にか、外では激しい雨が叩きつけるように降っていた。  
 
- スレ4-300
 
- 受け継がれるもの~絆~
 - 09/10/30 22:53:19
 
 「それじゃ、たのんだぞ。」 
 「うん、サトシも気をつけて。」 
 「そっちもな」 
 薄暗い森の中人一人を探すというのは時間がかかる。 
 探し当てて戻ってきて、そこからニビへ立つとなればどれだけかかるかわからなかった。 
 やむを得ず、サトシはヒカリとピカチュウ達に先にニビへ発ってもらい、おつきみ山の状況などを確かめてもらうことにした。 
 場合によっては山の中に入ることになるだろうが、ヒカリは強い。 
 自分のすべきことをするため、サトシは雨の降りしきる森の中を走った。 
 泥が足にまとわりつく。 
 レインコートを着ているにも関わらず、空気は冷たく肌寒い。 
 まるでサトシの不安を煽るように、雨は止む気配を見せなかった。 
 そんな中、雨音に掻き消されそうになりながらもミストの名前を叫んで回る。 
 先ほど研究所から送ってもらったヨルノズクとムクホークも、空からミストの痕跡を探した。 
 この二匹は鳥ポケモンの中でも特に目がいい。 
 暫くして、ヨルノズクが何かを見つけたのか一鳴きするとスピードを上げた。 
 「何か見つけたのか!?」 
 茂みをかき分けて走る。 
 木の根に阻害されながら、枝葉を押しのけてヨルノズクの止まった木に駆け寄ると、そこには何匹かコクーンが転がっていた。 
 「スピアーの巣か…?」 
 幸いなことに、スピアーは出払っているようだ。 
 だがサトシはコクーンの中に、紐のようなものを見つけた。 
 リボンだった。 
 ミストが髪を縛るのに使っていたものだ。 
 泥をかぶり汚れているが、おそらく間違いないだろう。 
 スピアーが出払っているのをみると、今頃スピアーに追われている可能性は十分にあった。 
 「無事でいてくれよ…。」 
 不幸中の幸いか、地面にはまだ新しい、サトシよりも小さな足跡が残っていた。 
 つま先に向かって深くなっている。走った証拠だ。 
 まだそう時間はたっていない。サトシは足跡をたどり、再び走りだした。  
 
- スレ4-301
 
- 受け継がれるもの~絆~
 - 09/10/30 23:32:49
 
 「ミストちゃんは大丈夫ですかねぇ」  
 「大丈夫、サトシが探しに行ったんだもの…。」  
 少し心配そうにぼやいた雅に、ヒカリは答えた。  
 サトシは必ずミストを見つけ出して、ニビシティに来る。  
 他者から見れば根拠のない自信かもしれない。  
 サトシだからこそ、根拠のない自身も信じられるのだ。  
 窓を叩きつける雨はなお強く、ニビに着いても雲は黒く垂れこめていた。  
 ニビシティとおつきみ山をつなぐ道の、奥まった平地に雅がピラミッドを着地させる。  
 扉から出ると、山の入り口には見知った顔が立っていた。  
 「タケシ!」  
 「ヒカリか!サトシは一緒じゃないのか。」  
 タケシには、すでにミストの事は話してあった。  
 浅黒い肌と細い眼は相変わらない。聞きなれた穏やかな声もだ。  
 いまは再びジムリーダーをしながら弟を鍛え、さらにブリーダーとして活躍している。  
 「今ミストを探しに行ってる。後からこっちに向かってくるはずよ。」  
 「トキワの森は広いからな…。早いと思ったが、先に来たのか。」  
 「山の様子はどうなの?」  
 「酷い状態みたいだ。親父とポケモンたちが救助に加わっているが、丸4日はかかる。 
 山の洞窟と登山道を貫通し、土砂崩れまで起こしている…。山のポケモンたちに何かあったのかもしれない。」  
 おつきみ山では珍しい化石や石がとれることがある。  
 それに目を眩ませた人間がポケモンに危害を加えることがたびたびあったが、歴代のニビジムリーダーはそれらを駆逐してきた。  
 しかし、こんな前例は聞いたことがない。 
 「雨…止まないね…」  
 「この雨のせいで、岩ポケモンが救助に参加できなくてな。町中の格闘タイプのポケモンに来てもらっているが…。」  
 初夏だというのに顔を叩く雨は冷たく、それでいてじっとりとしていた。  
 レインコートが体温を保持してくれるが、湿気が中に篭って汗のように肌に張り付いて気持ち悪かった。  
 雨に打たれながら考えたら風邪をひくだろうと、タケシはヒカリを傍のポケモンセンターへ招いた。  
 センターではジョーイが温かいココアを淹れてくれた。  
 「サトシ…」 
 今でもなお、彼とミストは冷たい雨に打たれているのだろうか。  
 二人が帰ってきたらとびきりおいしいココアを入れてあげよう。あの二人は、甘いものが大好きなのだから。   
 
- スレ4-326
 
- 受け継がれるもの~絆~
 - 09/11/05 23:11:08
 
 ミストは森の中に建てつけられた古い小屋の中にいた。 
 放置されている割にあまり埃っぽくないのは、時折旅の人間がここで休憩していくためなのだろうか。 
 小屋の中には壊れたランプや、使い切る直前の消えた蝋燭が見受けられる。 
 扉が正面に向かうように取り付けられた申し訳程度の寝台に、ミストは膝を抱えて震えていた。 
 不安と寒さ、恐怖による震えだった。 
 スピアーに追いかけられ、どうにかして小屋に逃げ込んだものの暫く彼らの攻撃は止まなかった。 
 扉にはいくつか穴があいていて、外の様子が見れる。 
 雨は勢いを緩めることなく降り続けていた。 
 何も考えず、飛び出してきた自分を呪う。 
 今頃サトシ達は自分を探してくれているのだろうか。 
 それとも呆れかえっているのだろうか。 
 彼らは兎に角優しかった。 
 それでも、安否の分からない父親と、暗い小屋の中でうずくまる寂しさ、何よりも不安からいつもの元気が出てこない。 
 「ぐすっ」 
 泣いてしまいそうだ。涙をこらえようと、顔を腕に押し付ける。 
 雨の音がやたらと煩い。 
 それがより一層強くなったと感じたのは、扉が開いたためだった。 
 はっとして顔を上げる。 
 「ここにいたのか…」 
 「サトシさん…」 
 暗くて、顔は見えない。 
 その声は怒りよりも、呆れや安堵が込められているようで、酷く安心できた。 
 「寒かったろう。この小屋。」 
 「うぅ…、あ、あぅ…」 
 怒られると思ったのに、何でもないという風に対応されてしまい、言葉が出ない。 
 謝らなければならないのに、いろいろなものがこみあげてきて言葉が出てくるのを邪魔していた。 
 「謝るのも怒るのもあとだ、ピカチュウやヒカリはもうおつきみ山だろう。俺は追いかける。おぶさるか?」 
 こちらのことを気遣ってくれているのだろう。 
 本当に、優しい人なのだと思った。 
 「大丈夫です。」 
 「そうか、じゃあ行くぞ!」 
 自分の足で、行かなければならない。 
 そう思って、立ち上がった。こんなところで震えてはいられない。サトシから勇気が流れ込んでくるようだった。 
 その眼には、確かに光が戻っていた。